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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10307号 判決

原告

長田浩光

ほか一名

被告

株式会社マルキモーターズ

ほか二名

主文

一  被告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告長田浩光に対し金三〇〇〇万〇〇〇〇円、原告羽田健一に対し金一七一万七七九〇円、及び右各金員に対する昭和五五年一二月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五二年三月二六日午後一〇時三〇分ころ

(二) 場所 山梨県南都留郡山中湖村平野三七七六番地先県道山北山中線上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(品川五七ち七一七。以下、「荒井車」という。)

運転者 被告荒井耕二(以下、「被告荒井」という。)

加害車両 普通乗用自動車(品川三三せ一三二七。以下、「喜和夫車」という。)

運転者 被告長田喜和夫(以下、「被告喜和夫」という。)

(四) 被害車両 自動二輪車(以下、「浩光車」という。)

運転者 原告長田浩光(以下、「原告浩光」という。)

同乗者 原告羽田健一(以下、「原告健一」という。)

(五) 態様 本件現場において、被告荒井が荒井車を旭ケ丘方面に向け、被告喜和夫が喜和夫車を富士吉田方面に向け、いずれもライトを消して並んだ状態で路上に停車していたところ、富士吉田方面から旭ケ丘方面に向けて進行してきた原告浩光運転の浩光車が荒井車、次いで喜和夫車に接触し、このため原告両名が負傷したもの

2  責任原因

(一) 被告荒井及び同喜和夫は、事故発生時刻に道路に車両を停車するときは、前照燈、尾燈を点灯させ、かつ方向指示器を点滅させるなどして事故を防止する義務があるのに、これらを怠つた過失があるから、民法七〇九条に基づき、原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告株式会社マルキモーターズ(以下、「被告会社」という。)は荒井車及び喜和夫車を保有し、これらを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文により、原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告らの傷害内容及び症状経過等

(一) 原告浩光

原告浩光は本件事故により、左大腿骨開放性骨折、左下腿骨開放性骨折、右腓骨骨折、右下腿挫創、左下肢循環不全、従不全、細菌性心内膜炎の疑い、敗血症の傷病を被り、昭和五二年三月二六日及び二七日の二日間小林外科医院に、同日から同年八月六日まで一三三日間駿河台日本大学病院に各入院し、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表四級相当の左足関節切断の後遺症を残して昭和五三年二月二五日症状が固定した。

(二) 原告健一

原告健一は本件事故により、左大腿骨骨折、頭部外傷の傷害を被り、昭和五二年三月二八日から同年五月九日まで及び昭和五三年三月二七日から二九日までの合計四六日間入院し、このほか二日間通院した上、同年四月四日治癒した。

4  損害

(一) 原告浩光

(1) 治療費 金一七二万七三四八円

(2) 看護費 金四〇万二〇〇〇円

(一日当たり金三〇〇〇円の一三四日分)

(3) 義足代 金四四万〇〇〇〇円

(4) 入院雑費 金六万七〇〇〇円

(一日当たり五〇〇円の一三四日分)

(5) 逸失利益 金四七四三万三〇三五円

イ 収入 金三〇〇万四七〇〇円

昭和五三年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計男子労働者平均賃金(年額)による。

ロ 労働能力喪失率 九二パーセント

ハ 期間 一七歳から六七歳までの五〇年間

ニ 中間利息(年五分)の控除

ライプニッツ係数一七・一五九〇

(6) 慰藉料

(イ) 入通院慰藉料 金一五〇万〇〇〇〇円

(ロ) 後遺症慰藉料 金八五〇万〇〇〇〇円

(7) 弁護士費用 金二〇〇万〇〇〇〇円

(1)ないし(7)の合計 金六〇〇六万九三八三円

(二) 原告健一

(1) 治療費 金三七万四三九〇円

(2) 看護費 金九〇〇〇円

(一日当たり金三〇〇〇円の三日分)

(3) 入院雑費 金二万九四〇〇円

(一日当たり金六〇〇円の四九日分)

(4) 交通費 金五〇〇〇円

(5) 休業損害 金二〇万〇〇〇〇円

(一か月金一〇万〇〇〇〇円の二か月分)

(6) 入通院慰藉料 金一〇〇万〇〇〇〇円

(7) 弁護士費用 金一〇万〇〇〇〇円

(1)ないし(7)の合計 金一七一万七七九〇円

5  結論

よつて、原告らは、被告らに対し、各自、原告浩光については右合計金六〇〇六万九三八三円の内金三〇〇〇万〇〇〇〇円、原告健一については右合計金一七一万七七九〇円、及び右各金員に対する被告らへの訴状送達の日の翌日以降である昭和五五年一二月一四日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の(一)ないし(四)は認めるが、(五)は否認する。本件事故の態様は被告らが後記三において主張するとおりである。

同2(一)は争い、(二)のうち、被告会社が荒井車及び喜和夫車を保有し、これらを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

同3、4は不知。

三  抗弁(免責)

被告荒井が荒井車を運転し本件現場付近の道路を富士吉田方面から旭ケ丘方面に向け時速約三〇キロメートルで進行中のところ、原告浩光(事故当時一六歳)は、無免許であるにもかかわらず、浩光車(無登録)を運転し、同車の後部に友人である原告健一を同乗させ、時速約一二〇キロメートルの猛スピード(制限速度 時速四〇キロメートル)で荒井車の後方からこれと同一方向に進行してきて、追い越し禁止の道路区域であるにもかかわらず、本件現場付近でこれを追い越そうとしたところ、この時、荒井車の前方の反対車線上に時速約四〇キロメートルで対向進行してくる被告喜和夫運転の喜和夫車のライトに気付き、急制動をかけたが及ばず、荒井車の右後部バンパー付近に自車の左側を追突させ、そのはずみで右側に転倒しつつ反対車線に侵入し、丁度荒井車と擦れ違う状態に達していた喜和夫車の右後部フェンダー付近に接触し、そのまま反対車線上に転倒したものである。

本件事故は以上のようなものであり、荒井車及び喜和夫車はいずれも走行中であり、ライトを点灯していたもので、荒井車の尾燈も点灯していた。

したがつて、本件事故は、原告浩光の一方的な過失により惹起されたものであり、被告会社はもとより、運転者である被告荒井及び同喜和夫もそれぞれ、荒井車及び喜和夫車の運行に注意を怠らなかつたもので、右両車両とも構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたものである。

四  抗弁に対する認否

被告らの抗弁主張は争う。

第三証拠

当事者双方の証拠の提出・援用は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1は、(五)の点を除いて当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実、成立に争いのない甲第一二号証の五、六、同号証の一〇、一二、一五、一六、二〇、同号証の二二ないし二六、甲第一三号証の一、二、乙第二号証、証人平田廣己の証言、原告長田浩光、同羽田健一、被告長田喜和夫(第二回)及び同荒井耕二(第二回)各本人の尋問の結果(但し、甲第一二号証の一〇、一五、同号証の二三ないし二六の各供述記載並びに原告長田浩光、同羽田健一及び原告荒井耕二(第二回)各本人尋問の結果のうち、いずれも後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場付近の道路(前記山北山中線)は中央線によつて区分された片側一車線のアスファルト舗装の平坦な車道(幅員六・六メートル)となつており、富士吉田方面から見て当該車道の右側に沿石の仕切りが設けられた上、自転車道(幅員四・二メートル)があつて、更に自転車道の右側が山中湖畔となつている。他方、左側は、路面から数十センチメートルの高さで石垣が積まれ、その内側には樹木が生立し、種々の保養施設等が立ち並び、本件事故現場の左側は第百生命山中湖畔寮の相当広大な敷地となつている。本件現場付近の道路は直線状態で、富士吉田方面から緩い左カーブを過ぎると、約一九二メートル手前から本件現場を見通すことができ、更に同現場を超えて相当距離を旭ケ丘方面に見通し可能である。本件現場付近には道路上に街路灯の設備がなく、前記第百生命山中湖畔寮の敷地内には外灯が三本あるが道路より奥の方に位置し、したがつて、事故当時、本件現場付近路上は暗かつた。また、本件現場付近の道路は、指定速度時速四〇キロメートル、追い越し禁止(右側部分はみ出し禁止)の、各交通規制がなされている。

2  被告会社は自動車の販売業等を営んでおり、本件事故当日である昭和五二年三月二六日、当時被告会社の専務取締役をしていた被告喜和夫は同会社の従業員であつた被告荒井及び平田廣己とともに三名で、新車二台の納入のため三台の普通乗用自動車(このうち、荒井車及び他の一台が納入予定の新車で、喜和夫車は被告会社の社用車であつた。)に分乗して山梨県所在の山中湖畔付近を訪れた、被告喜和夫らは、先ず、山中湖畔近傍の天野自工に一台の新車を納入し、そこで被告荒井が右新車の納入手続きを了するため、暫時、荒井車とともに残り、被告喜和夫は右平田とともに一足先に次の(荒井車の)納入先であつた同県南都留郡山中湖村平野所在の顧客の許へ、同被告が喜和夫車(車種 セドリック)を運転し、助手席に右平田を同乗させて出発し、前記県道山中線上を富士吉田方面から旭ケ丘方面に向けて進行し、一旦は本件事故現場付近を通過して行つた。

ところが、被告喜和夫は、程無く、自分が天野自工に新車のデーラーナンバーを置き忘れてきたことを思い出し、これを持ち帰る必要があるのに思い到り、本件事故現場から旭ケ丘方面に約四ないし五キロメートル行つた地点で喜和夫車をUターンさせ、再び富士吉田方面に引き返した。その際同被告は、旭ケ丘方面に向かつて来る荒井車と途中で行き合うことも予想し、対向車の存在に注意を払いながら時速約三〇ないし四〇キロメートルで進行し、本件事故現場付近へ近づいて行つた。

3  ところで被告荒井は、この間、天野自工での新車の納入手続きを済ませると、荒井車(車種 セリカ)を運転して同所を出発し、先に被告喜和夫から聞いていたとおりの道順に従い、前記県道上を富士吉田方面から旭ケ丘方面に向け、自車が新車であり付近が不慣れな道でもあるので速度を抑え時速約三〇キロメートルで進行し、本件事故現場付近に至つたが、反対車線を旭ケ丘方面から接近してくる対向車の前照燈を認め、ほかに余り車両の通行がなかつたところから、この対向車があるいは被告喜和夫運転にかかる喜和夫車ではないかと考え、自車を更に減速して進行し、時速約一〇キロメートル程度の速度状態で本件現場に到達し、丁度当該対向車と行き違う瞬間、対向車の様子かそれが喜和夫車であることを察知したのと同時に、前同日午後一〇時三〇分ころ、自車の右後ろから「ぴしや」という、金属音とは異なる柔らかい音が聞こえるとともに自車が若干押されるような衝撃を感じ、驚いてブレーキをかけ、やや左に寄るようにして右衝撃を受けた時の自分の位置から数メートル旭ケ丘方面に進んだ地点付近で自車を停車させた。

これに対し、丁度同じころ、被告喜和夫は、本件現場付近の反対車線上を富士吉田方面から向かつて来る対向車の前照燈をUターン後初めて認め、それが被告荒井運転にかかる荒井車ではないかと考え、多少減速しながら進行して本件現場に到達し、当該対向車すなわち荒井車を未だ荒井車と確認しないままこれと行き違う瞬間、荒井車の後方から何か光るものが自車の方めがけて飛び込んで来るのを認め、このため自車のアクセルをふかし気味にしつつハンドルを左に切りながら通り抜けたが、これと前後して自車の右後ろで「ドーン」という音、あるいはこれに類する音がし、同時に自車に衝撃を感じた。被告喜和夫は、この後、右衝撃を受けた時の自分の位置から二〇数メートル富士吉田方面に進んだ地点付近で自車を停車させた。

4  一方、原告浩光(事故当時一六歳)は、自動二輪車について当時無免許であつたが、先に他の高校生から無登録車のまま浩光車(車種ホンダ七五〇cc)を買い受けていた。原告浩光は、事故当夜、浩光車の運転をする気になり、車庫から同車を引き出してこれを乗り出した上、同原告と同じ山中湖村平野所在の友人である原告健一の許を訪れ、同被告を誘つて浩光車の後部座席に同乗させて前記県道山北山中線を富士吉田方面に走行し、一旦本件現場を通つて山中湖村山中地内所在の原告ら共通の友人の家まで遊びに行つた。

その後原告浩光は帰宅すべく、原告健一を前同様に同乗させた上、浩光車を運転して友人宅を出発し、再び前記県道に出てこれを旭ケ丘方面に向かい、道路状況が閑散としていたことから自車のスピードを上げ、前記緩い左カーブを過ぎて本件現場付近に至る直線状態の道路に入つたころには時速約一二〇キロメートルに達していたところ、間もなく、自車線の前方を前車すなわち荒井車が旭ケ丘方面に向けて進行しているのを認め、これを追い越すべく反対車線側に出ようとしたのであるが、その時、反対車線を対向車すなわち喜和夫車が進行してくるのを認めたため、前記のとおり高速度であつたことから進退に窮し、悲鳴を上げながら急ブレーキを掛けつつやや左寄りに進路を変えて進行し、前車と対向車の間隙を通り抜けることを図つたもののこれを果たすことが叶わぬまま、自車がスリツプして行く状態で先ず荒井車の左後部バンパー付近に自己の左下肢等を衝突させ、更に右前方に進み、喜和夫車の右後部ドアー及び同所バンバー付近に浩光車を衝突させ、しかる後原告らは同車ともども反対車線上に投げ出された(右の衝突の経過によれば、被告荒井が自車右後部から聞いた音及び自車に感じた衝撃は原告浩光の左下肢等が荒井車に衝突したことによるものであり、被告喜和夫が認めた何か光るものは浩光車で、同被告が喜和夫車の後ろから聞いた音及び自車に感じた衝撃は浩光車が喜和夫車に衝突したことによるものであるといえる。)。

以上の事実が認められ、甲第一二号証の九ないし一一、同号証の一五、同号証の一七ないし一九、同号証の二三ないし二六の各供述記載、証人宮下栄太郎の証言、原告長田浩光、同羽田健一並びに被告荒井耕二(第二回)各本人尋問の結果中、各右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実によれば、荒井車、喜和夫車の双方とも走行中でいずれも前照燈を点灯していたことが明らかである。また、荒井車はこのように走行中であつたのであり、後記判示のとおり同車に構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたのである以上、その尾燈は点灯されていたものと推認され、前掲甲第一二号証の一五、二六の各供述記載並びに長田浩光及び同羽田健一各本人尋問の結果中、各右推認による認定に反する部分は措信できず、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、被告らの責任原因の存否について判断する。

1  原告らは、被告荒井及び同喜和夫について、事故発生時刻に道路に車両を停車するときは、前照燈、尾燈を点灯させ、かつ方向指示器を点滅させるなどして事故を防止する義務があるのにこれを怠つた過失があるとし、民法七〇九条に基づく責任を主張するところ、同被告らが荒井車及び喜和夫車を原告ら主張の如く本件現場に停車させていたものではなく同所を走行中であつたことは、前記二判示のとおりである(しかも、両車両の前照燈の点灯事実及び荒井車の尾燈の点灯事実も同所判示のとおりであり、なお原告ら主張の方向指示器の点滅は、同所判示の両車両の走行状態においては、必要とされないものであることが明らかである。)から、原告らの右責任原因の主張はその前提を欠き失当に帰する。

2  次に、被告会社が荒井車及び喜和夫車を保有し、これらを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、原告らは自動車損害賠償保障法三条本文に基づく責任を主張する。

しかしながら、前記二判示によれば、本件事故は、ひとり原告浩光の一方的な過失によつて惹起されたもので、運転者である被告荒井及び同喜和夫ひいて運行供用者である被告会社は、いずれも荒井車及び喜和夫車の運行に関し注意を怠らなかつたものであることが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、右両車両とも構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。そうすると、被告らには同法三条但し書の免責事由があるというべく、原告らの右責任原因の主張もまた失当である。

四  以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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